葬祭式研修

先週もバタバタしました。
というか、今日は暑かったですね。
岡山は30度。
なかなか身体がついていきません。
皆さん方も、朝夕の気温差に惑わされることなく、日々を元気に有り難くお過ごし下さい。

さて、去る5月21日(水)、エヴァホール倉敷(倉敷市二日市)を会場に“黒住教教師錬誠会・葬祭式研修”が執り行われました。

午前10時より開催された研修会は、午前中は各地より集われた黒住教教師約100人との祭式研修、午後からは参加者と葬儀社関係の方々との質疑応答と、実に有意義な時間を過ごすことができました。

教主様がよくおっしゃられる「葬儀は一番の布教の場である!」とのお言葉。
確かにお葬儀には、家宗が黒住教以外の方もたくさんご会葬に来られます。

そうした意味でも、教祖宗忠の神様の御神名をけがす訳にはいきません。

ということで、一番最初に“斎主としての心構え”を改めて研修し、そして“遷魂通夜祭”“告別式”“清祓祭(帰家祭)”の模擬祭典がステージ上で執り行われ、地域・地方で異なる風習についても話し合われました。
全てのものを生み育てる生命(いのち)の根源(おや)である、宇宙の親神・天照大御神様の“ご分心”の鎮まる神の子である私たち人間が、この人生という道場において人の人たる道を生ききって、やがて形を脱ぐとき、正に昇天して八百萬神の一柱となるというのが黒住教の死生観です。
したがって、昇天そのものは汚れたことではなく自然の姿とみなしています。
また教祖神は、悲しむあまり気が枯れることが“気枯れ”であり“穢れ(けがれ)”であると説かれています。
ですから黒住教では、葬儀そのものは故人の人生の閉じ目であると共に一柱の神としての出発の時であり、けがれを祓い清める御祭りであるとしています。
神道の流れを汲む黒住教にあって、ここの部分が大きく異なるところであり、教祖神はこの流れを“生き通し”と御教え下さいました。
「もったいなくも、天照大御神のお膝元まで御案内いたす!ついておいでなされ!」と私たちをお導き下さる教祖様。
この度の研修会を通じて、教祖神のお心に触れさせていただき、強い信仰心を抱き、それぞれが帰途につきました。
今回、全面的にご協力下さいました“株式会社いのうえ”の社長を始め皆様方、本当に有り難うございました。
《本日の御教え》
天照らす神のみ心人ごころ ひとちになれば生き通しなり
天照らす徳を知る人は 月日とともに生き通しなり
有りと見て無きこそおのが姿にて 無き姿こそ生き通しなれ
かぎりなき天照る神とわが心 へだてなければ生き通しなり
日々に朝日に向かい心から 限りなき身と思う嬉しさ(教祖神詠)





























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