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2007年11月

旭川荘創立50 周年

旭川荘創立50<br />
 周年

先日の11月10日、新しく生まれ変わったホテルオークラ岡山にて“旭川荘創立50周年 感謝の集い”が開催されました。

ご承知の通り黒住教旭川荘とのご縁は深いものがあります。

先代の五代宗和教主様と旭川荘の創設者であった故川﨑祐宣氏とのご親交は古く、昭和32年に医療福祉の理念を実現する場として創設された旭川荘の場所探し等でも一緒に歩かれ、旭川荘設立発起人の1人としてもご尽力されています。

また昭和40年代、現宗晴教主様青年連盟長時代の“重症身心障害児施設を作ろう!”との連盟員を中心に各地で街頭募金が行われた“重症心身障害児運動”、岡山市民県民を巻き込み児童院が設立してから40年、その児童院で毎週日曜日には各地の黒住教婦人会支会によるおしめたたみ(創立より現在まで40年間)、また青年連盟ではチャリティーバザー等を通じて蓄積されたお金で福祉車両(まること号)の寄贈や毎年の旭川荘夏まつりのお手伝いなど、五代様がよく戒めて下さった「するのではない!させていただくのだ!!」との精神のもと、連綿とその関係が続き奉仕の汗を流させていただいています。

旭川荘創立50<br />
 周年

この度の“感謝の集い”では長年ご奉仕のあった各団体が表彰され、私たち黒住教婦人会黒住教青年連盟も他の団体と共に感謝状をいただきました。

「敬天愛人」〜天を敬い人を愛す〜

人間尊重の高い理想を掲げ、“年中無休・昼夜診療”の看板のもと“川崎病院”を開業された川﨑祐宣氏は、毎日の診療の中にまだ世間の目が冷たかった障害者に触れ、昭和20年代に社会福祉事業に取り組む決意をされ、昭和32年4月に肢体不自由児施設「旭川療育園」、5月に知的障害児施設「旭川学園」、8月に乳児施設「旭川乳児院」が順次開設され、旭川荘の歴史がスタートしたのです。

それから半世紀

現在では、岡山県内、愛媛県内、中国上海市内合計76施設を運営する国内有数の総合医療福祉施設となりました。

人間として、社会福祉の向上と社会福祉法人旭川荘の限りないご発展を心からお祈り申し上げます。

《本日の御教え》
  世の中は皆まることの内なれば 共に祈らん元の心を
  何事も天のものぞと思いつる 君の心ぞ誠なるらん
  つき立てる心の柱太ければ 千代も動かぬ家と見えける(教祖神詠)

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象の背中

象の背中


昨日、今秋の話題作“象の背中”を見ました。

一言で云って、泣けます!

この作品を鑑賞して、泣かない人はいません。(多分)

特に、今現在家庭を持ち仕事真っ盛りの30代〜50代の男性に見てもらいたい作品です。

象は、自らの死期を察知した時、群れから離れ死に場所を探す旅に出るといいます。

仕事のキャリアも家庭も順調。
子育ても一段落し、充実した日々を送っていた矢先、「余命半年」と宣告された時、あなたならどうしますか?

象の背中

誰もが迎える“死”。
それは自分の人生を振り返る時でもあります。
残りの人生をどう生き、どう死ぬのか。

そんな“生”と“死”を真正面からとらえた秋元康氏の話題の長編小説がついに、映画化されました。

主人公は、末期の肺癌と宣告された48歳のサラリーマン。
余命半年と知った彼は、これまでに出会った人々と再会して自分なりの別れを告げ、自分の人生がどんなものだったのかを見極めたいと願います。
延命治療ではなく“今”を生きることを選んだ夫と、その全てを受け入れた妻。

「生きていたいんだ!死ぬまでは…」

象の背中

“死”に直面し改めて夫婦が向き合う時、家族が向き合う時、当たり前に過ごしてきた日常がどれだけ幸せなものであったのかを実感し、“今”を共に生きることの意味と本当の幸せが見えてきます。

末期癌に冒されながらも“今”の幸せを噛みしめながら生きる男に扮し、迫真の演技を披露したのは役所広司氏。
そして、死に直面した夫の決意に動揺しながらも、彼を理解し支え続けようとする妻役に、20年ぶりにスクリーンに帰ってきた今井美樹氏が演じ切りました。

いわゆる“死”がテーマの映画は、悲劇的な最後というゴールに向かって泣かせにかかる作品が多い中、この映画は死ぬまでの日数を数えるのではなく残された日々をどうやって過ごしていくか?1秒1秒を大切に表現してくれています。

象の背中

当然のことですが、宣告されていない人でも今日死ぬかもしれないし、明日死ぬかもしれない。
明日が来る保証なんてどこにもありません。
でも、だからこそ今日只今を一生懸命生きなくてはいけません。

黒住教の教祖宗忠の神様は、「人の死はそれで終わりではなく、八百萬の一柱の神様としての出発の時である!」と御教え下さっています。

それを“生き通し”といい、黒住教の死生観として葬儀はもちろんのこと式年祭(法事)等で説いています。

しかし現在只今を生きている一人間として、もう二度とない今が一番気になりますし、大切にしたいと思うのは本能です。

人間、1人では生きていくことは出来ません。

心臓1つとっても、自分の心臓を自分の意志で動かすことの出来る人はいません。

この映画のように、健康で幸せに日々を過ごしている時には当たり前に感じている物事が、実は全て当たり前ではないのです。

自分の意識の中で、常に“生かされて生きている”喜びの心を持ち、自分の周りの人々に感謝の気持ちを捧げていきたいです。

二度と来ることの無い“今”を大切に!

《本日の御教え》
  さしあたることのみ思え人はただ 昨日は過ぎる明日は知られず
  昨日なし明日はまだ来ぬ世の中に ただ有るものは今日のただ今
  有り難きことのみ思え人はただ 今日のとうとき今の心の(教祖神詠)

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霜月

霜月

11月です。

平成19年も残すところ2ヵ月となりました。

時の流れは早いですねぇ。

さて11月は、古来“霜月(しもつき)”と呼んでいました。

寒冷前線が北から下がり、局地的に天候が悪化したり霜が降りるためだそうです。

霜月

また“一雨一度(いちういちど)”っていう言葉を知っていますか?

この季節を指し、ひと雨ごとに気温が1度下がるという意味だそうです。

いずれにしても、これから冬に向かってまっしぐら!

朝夕寒くなり、なかなか布団から出るのが辛くなってきましたが、このひと月も元気に楽しく過ごしたいです。

皆様のご健康をお祈り申し上げます。

《本日の御教え》
  姿なき心を生けて使いなば 天が下にぞ満ち渡るらん(教祖神詠)

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