旭川荘創立50 周年

先日の11月10日、新しく生まれ変わったホテルオークラ岡山にて“旭川荘創立50周年 感謝の集い”が開催されました。
先代の五代宗和教主様と旭川荘の創設者であった故川﨑祐宣氏とのご親交は古く、昭和32年に医療福祉の理念を実現する場として創設された旭川荘の場所探し等でも一緒に歩かれ、旭川荘設立発起人の1人としてもご尽力されています。
また昭和40年代、現宗晴教主様が青年連盟長時代の“重症身心障害児施設を作ろう!”との連盟員を中心に各地で街頭募金が行われた“重症心身障害児運動”、岡山市民県民を巻き込み児童院が設立してから40年、その児童院で毎週日曜日には各地の黒住教婦人会支会によるおしめたたみ(創立より現在まで40年間)、また青年連盟ではチャリティーバザー等を通じて蓄積されたお金で福祉車両(まること号)の寄贈や毎年の旭川荘夏まつりのお手伝いなど、五代様がよく戒めて下さった「するのではない!させていただくのだ!!」との精神のもと、連綿とその関係が続き奉仕の汗を流させていただいています。

この度の“感謝の集い”では長年ご奉仕のあった各団体が表彰され、私たち黒住教婦人会と黒住教青年連盟も他の団体と共に感謝状をいただきました。
「敬天愛人」〜天を敬い人を愛す〜
人間尊重の高い理想を掲げ、“年中無休・昼夜診療”の看板のもと“川崎病院”を開業された川﨑祐宣氏は、毎日の診療の中にまだ世間の目が冷たかった障害者に触れ、昭和20年代に社会福祉事業に取り組む決意をされ、昭和32年4月に肢体不自由児施設「旭川療育園」、5月に知的障害児施設「旭川学園」、8月に乳児施設「旭川乳児院」が順次開設され、旭川荘の歴史がスタートしたのです。
それから半世紀。
現在では、岡山県内、愛媛県内、中国は上海市内で合計76施設を運営する国内有数の総合医療福祉施設となりました。
人間として、社会福祉の向上と社会福祉法人旭川荘の限りないご発展を心からお祈り申し上げます。
《本日の御教え》
世の中は皆まることの内なれば 共に祈らん元の心を
何事も天のものぞと思いつる 君の心ぞ誠なるらん
つき立てる心の柱太ければ 千代も動かぬ家と見えける(教祖神詠)







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