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2007年10月

誕生日

誕生日


本日10月31日は、第一子長女の11回目の誕生日です。

誕生日がくるたびに思い出す授かった時の喜び、つわりや出産を乗り越え初めて耳にした鳴き声、幼稚園や小学校の入学式、その他いろいろな出来事に感謝・感激・感動です。

教祖宗忠の神様、有り難うございます!

ご先祖のみたま様、有り難うございます!

そして両親ならびに妻のお父さんお母さん!

なかなか面と向かって御礼を云うのは恥ずかしいので、この場をお借りします。

本当に有り難うございます!

これからもご面倒をおかけいたしますが、親子共々よろしくお願いします。

さて、昨日のお休みは充実した1日となりました。

誕生日

まず午前中は、大好きな映画へ。

シネマクレールというミニシアターで、イタリアの“ミルコのひかり”という映画を観賞しました。

誕生日

10歳の男の子が、不慮の事故によって視覚を失ってしまい、大好きな両親と離れ全寮制の盲学校に入れられてしまうのですが、そこで出会った友を通じて新たな光(目標)に向かって人生を活きぬいていくという作品です。

この作品は、現在イタリア映画界の第一線で活躍する盲目の音響編集者(サウンド・デザイナー)であるミルコ・メンカッチ氏の少年時代の実話に基づいて作られている分余計に心に響き、観る人に感動を与えます。

私も、ついつい我が子に立場を置き換えて観賞したので、溢れ出る涙を抑えることが出来ませんでした。

それと同時に、教祖神直門である赤木忠春高弟の2回の盲目のおかげが頭の中をぐるぐる駆け回り、改めてお道の有り難さを実感させられました。

視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚。

これら、いわゆる“五感”の1つでも失われた人生とは?

誕生日

実際に経験をしたことのある人にしか知ることの出来ない悲しみ、苦しみがあると思います。

しかし彼らは、他の感覚を研ぎ澄ますことにより、いわゆる健常者以上に特別な才能を発揮する時もあります。

日常生活において、障害を持たれている方に対してつい障害者扱いをしてしまいがちですが、彼らは健常者以上に健常者です。

私たちよりも、人生を一生懸命に活きています。

娘の誕生日の前日に観賞した分、思い出に残る作品となりました。

誕生日

さて心も清められ、午後から学校帰りの娘たちを拾って、一路神戸へ。

1日早い誕生日パーティを、家族揃って神戸で行いました。

誕生日

メインはルミナス”。

誕生日

メリケンパークの神戸オリエンタルホテル横より出航。

誕生日

明石海峡周遊クルーズで、ライトアップされた大橋を見上げる迫力は圧巻。

船内でディナーもとり、何とも優雅な思い出に残る誕生日会となりました。

子どもたちへ!

感謝の気持ちを常に忘れず、人の痛みのわかる日本人であって下さい!!

《本日の御教え》
  有り難や我日の本に生まれ来て その日の中に住むと思えば
  天地の心のありか尋ぬれば おのが心のうちにぞ有りける(教祖神詠)

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記念祝祭②

記念祝祭②


昨日の10月28日(日)、2回目の“記念祝祭”が神道山で執り行われました。

台風20号の影響もあり、お天気の心配があった先週1週間でしたが、当日は祝祭に相応しい日本晴れ!

前回1回目の祝祭以来1週間ぶりの、両の眼で拝むことのできた“日拝式”から始まり、終日おかげに満ち満ちた1日となりました。

記念祝祭②

当日は、全国各地より1,900人を超えるお道づれ。

300畳の大教殿・教場には入れきれず、前殿や回廊にも溢れた皆さんでしたが、午前11時本祭典が始まると流石同じお道人です。

張り詰めた空気の中、約2,000人の声の揃ったお祓い(大祓詞)は、確かに教祖宗忠の神様に届きました。

記念祝祭②

ご参拝下さいました参拝者の皆様!当日は狭い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。

その分教祖神もお喜びになられ、いつものお参りにも増して、おかげをお持ち帰りできたものと拝察いたします。

どうぞ、その時の感動を自分自身だけに留めず、感謝・感激の心で家族の人、周りの人達にお伝え下さい。

神道山にようこそお参りでした。

  御遷座記念祝祭祝詞

掛巻も綾に畏き天照大御神の大御前及八百萬神等教祖宗忠大神の大前に 黒住教教主黒住宗晴 謹み敬い畏み畏みも白さく
綾に畏き大御神の尊き御指示もて文化十一年十一月十一日冬至一陽来復の佳日に吾教祖宗忠大神に無上き天命を授け給いければ「天照らす神の御徳を世の人に残らず早く知らせたきもの」との御聖願もて此の大御道を開き給い幾千萬の諸人を救い導き給える立教の時より百九十三年にして霊地大元より此の吉備の中山神道山に御遷座仕え奉りてより三十三年を迎えければ今日を佳日と祝い定めて大御前及大前に御酒御饌海川山野に生うる種々の幣帛を捧げ持ちて御祝の御祭厳しく仕え奉る状を吹鳴らす糸竹の音の和楽に平けく安らけく聞食し諾い給い天皇の玉躰安泰く大御寿を手長の大御寿とあらしめ給い天が下の諸人達が大御心のまにまに「誠一つで四海兄弟」なる大和しき御代の建設けに踏み挙らしめ給い道連達をして「ご恩返しを」との修行目標の元「ありがとうございます運動」を通して第六十二回伊勢神宮式年遷宮奉賛につとめつつ平成二十六年の立教二百年大祝祭を目指して歩む教団の種々なる運営の上に高大き御日気を被らしめ給い今日の御祝の御祭に遠所近所より参来集える道連達が身壮健に心爽快に開運の御蔭を被らしめ給えと畏み畏みも白す

《本日の御教え》
  神といい仏というも天地の 誠の中に住める活物
  限りなき命の道を導かん 重ね給えよ萬世までも(教祖神詠)

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愛の讃歌

愛の讃歌

あなたの燃える手で
私を抱きしめて〜

越路吹雪さんの「愛の讃歌」は有名ですが、原曲を歌ったエディット・ピアフの人生がこんなに壮絶だったとは…。

今日の休みは、念願の『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』という映画を見に行きました。

上映時間、2時間20分!

圧倒されまくりの、凄くインパクトのある作品でした。

フランスの国民的シャンソン歌手エディット・ピアフの波乱の人生を描いたこの作品。

歌に人生を捧げた一人の女性の一生は、壮絶という詞だけでは物足りないくらい波乱万丈な生涯でした。

ピアフは、幼い頃から安定した愛情を与えられることはありませんでした。

母親は自分の夢のために家を出て、託された祖母は世話をせず、引っ越した娼館で母親のように面倒を見てくれた女性とは引き裂かれ、除隊後ピアフを引き取った父親とは様々な土地を流れ歩く貧しい日々。

歌手としてデビューしたものの、スカウトしてくれた名門クラブオーナーの死、そして殺人事件の容疑。

さらに、やっと巡り合えた生涯の恋人との楽しい日々も束の間、突然の彼の死を境に、酒とクスリに溺れていきます。

こんな壮絶な人生を、映画の中では時系列をバラバラにして描いているため、特に対人関係が分かり難いところもありましたが、逆にこの方法がピアフの不安定な人生そのもののような感じを受けて、最終的には良い作りだったと思います。

愛の讃歌

そして何よりも劇中の歌(エディット・ピアフ本人の歌)が素晴らしい!

そしてこの歌を口パクで演技した、ピアフ役の主演マリオン・コティヤールが圧倒的に素晴らしい!

20代から昇天するまでを見事に演じましたが、見終わってこの役は彼女にしか出来ない!と改めて実感しました。

結局、ピアフ自身は47歳でこの世を去るのですが、彼女を支えたのは、そして信仰でした。

幼少期に失明した彼女は、聖テレーズに祈りを捧げることにより奇跡的に光を取り戻します。

それからのピアフは、こと有るごとに聖テレーズを通じてイエス・キリストに感謝の言葉を述べています。

そして、どんな困難にぶつかっても、悲しみのどん底に落ちても、歌うことだけはやめませんでした。

彼女の人生が幸せだったか、そうでなかったか?

それは誰にもわかりません。

しかし時代を越え、国境を越え、彼女の歌は歌い継がれています。

これからも、永久に…!

《本日の御教え》
  姿こそ皆それぞれに変われども 心のもとは一つなるらん(教祖神詠)

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記念祝祭①

記念祝祭①


本日21日、黒住教立教193年・神道山ご遷座33年“記念祝祭”1回目が有り難く執り行われました。

記念祝祭①

祝祭を喜んで下さっているような、神道山ならではの清々しいお日の出

朝から終日おかげに満ち満ちた1日でした。

記念祝祭①

記念祝祭①

本祭典
では、大教殿教場を埋め尽くした各地からのお道づれのお祓いの声が斎主である教主様の声と輪になり、御神前を揺らしました。

記念祝祭①

また秋晴れのお日和をいただいた園遊会では、“有り難き”また“面白き”“嬉しき”“みき(三喜・神酒)”の備わった会となり、名残惜しそうに帰途につかれるお道づれが目立ちました。

有り難いことです。

もちろん個人的に、また大教殿的に反省するべきところは多々あります。

来週28日第2回記念祝祭には、本日の反省が活かされるように努力をしていかなければなりません。

でも今日は、祝祭のおかげをいただき笑顔、笑顔のお道づれを思い出し、ぐっすり熟睡させていただきます。

記念祝祭①

本日の祝祭で祭典奉仕下さいました先生方、ご奉仕下さいました婦人会、青年連盟の皆様方、また各地より参拝された皆様方、有り難うございました!

教祖神もお喜びのことと拝察いたします。

来週お参りを予定されている皆様方。

どうぞお楽しみに!

有り難うございました。

《本日の御教え》
  有り難き又面白き嬉しきと みきをそのうぞ誠なりけり
  峰はおろか知らぬ筑紫のはてまでも 天の光のもるることなし
  楽しみも我が楽しみと思うまじ ただ天地の楽しみにして(教祖神詠)

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皇后さま

皇后さま

本日20日、皇后さまにおかれましては73回目お誕生日を迎えられました。

誠におめでたいことです。

皇室のますますのご繁栄をお祈り申し上げると共に、皇后さまには良き母親、良き祖母のお手本として我々国民をお導きいただきたく心より願います。

皇后さま

この度、黒住教日新社より『私たちはなぜ伊勢神宮式年遷宮ご奉賛につとめるか』という小冊子が出版されました。

“ご恩返しを”との修行目標をいただく我々道づれは、現在“ありがとうございます運動”を通じて、平成25年に執り行われる“第62回伊勢神宮式年遷宮”へ教団をあげてご奉賛につとめていますが、この小冊子は教祖神からはじまる教団の歴史を基に、“伊勢神宮と黒住教”“皇室と黒住教”“伊勢神宮と皇室”との三本柱で構成され、「なぜ今、伊勢なのか!」を、教主様が熱く述べられています。

今回2回に別けて執行される“記念祝祭”の参拝資料としてお配りしている他、大教殿をはじめ全国の各教会所にも弁備しています。

必ず熟読していただき、お道づれとしての誇り、日本人としてのプライドを持って、お伊勢さまへご奉賛、さらに翌26年の“黒住教立教200年”を無事有り難くお迎えできますよう共々に誠を尽くしましょう!

なおこの小冊子は、まずご自身で読んで納得し、今度はご家族の皆さんに読んでもらって下さい。

仕事や結婚で遠く離れて暮らしているお子さん、お孫さんにはこの小冊子を送って読んでもらって下さい。

今、お道づれとして何をすべきか?

「教祖様!有り難うございます!!」との気持ちで、改めてお伊勢さまに誠心を捧げてまいりましょう。

皇后さま

さて本日は、祝祭を前に“みたまなごめのみまつり”招魂祭が、午後5時より執行されました。

この一年でご昇天された“みたま様”をお招きし、祖霊殿に合祀の“みたま様”と共に御帳台(みちょうだい)にお鎮まりいただく御祭で、祝祭を前に神道山に宿泊されるお道づれがご参拝されました。

粛々と執り行われましたこの御祭で、戦後薄くなりつつある先祖との絆の大事を改めて実感させられました。

皇后さま

いよいよ明日は、黒住教立教193年・神道山ご遷座33年記念祝祭当日です。

有り難い1日でありますように!

そして、みたまなごめのみまつりを通して“敬神崇祖”のお心を捧げましょう!

《本日の御教え》
  つき立てる心の柱太ければ 千代も動かぬ家と見えける(教祖神詠)

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秋色

秋色

心配された雨もあがり、お天気は回復の兆しをみせています。

明日の招魂祭、そして日曜日の記念祝祭当日は、お日様のおかげをいただき、気持ち良く爽やかにお参りできるでしょう。

雨上がりに、宝物館・まることセンターの前を歩いていると、秋を見つけたのでご紹介します。

だんだんと秋色に変わっていく神道山木々

皆さんもご参拝の折、それぞれの日本の秋を探して下さい。

《本日の御教え》
  根をしめて風にまかしてあらそわず 柳を人の心ともがな(教祖神詠)

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放射冷却

放射冷却

日中は雲1つない爽やかなお天気でしたが、朝夕は大分冷え込んできました。

この現象を“放射冷却”というそうです。

晴れた秋から冬の夜は、熱を閉じ込める雲がないため、夜の間に大地の熱はどんどん放出されて急激に冷やされるそうです。

まるでフタをしていないお鍋の中のスープが冷めやすいのと同じですね。

どうぞ、体調には十分お気をつけ下さい。

放射冷却

さて今月は、立教193年・神道山ご遷座33年“記念祝祭”2回に別けて執り行われます。

まず1回目21日の日曜日。

2回目28日の日曜日。

それぞれ午前6時から日拝式、引き続き大教殿に移動して献饌式、奥津城祭

11時より記念祝祭本祭典併せてみたまなごめのみまつりの執行です。

祭典終了後には教主様御親教(お説教)が、引き続きふれあい広場で園遊会が行われます。

なお前日は、午後5時より“みたまなごめのみまつり”のための招魂祭が執り行われます。

どうぞ所属の教会所にご参拝日を確認の上、ご家族お揃いでお参り下さい。

神道山でお待ちしています。

《本日の御教え》
  姿なき心一つを養うは 賢き人の修行なるらん(教祖神詠)

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鳥取県・関金中教会所

鳥取県・関金中教会所

秋晴れの爽やかな1日でしたね。

先日の15日、鳥取県・関金中教会所(塩川萬秋所長)において“青年連盟の集い”が催され、本部より黒住忠親連盟長と共に参加させていただきました。

第六代黒住宗晴教主様が御令嗣時代、初代連盟長として黒住教青年連盟を立ち上げられ、中四国随一(現在は日本有数)の社会福祉法人『旭川荘』に重症心身障害児の施設を!と、当時の連盟員と共に奉仕の汗を流して40年

この関金中教会所も同様で、御令嗣に賛同、昭和30年代に現所長が青年連盟関金支部を立ち上げ上記運動に参加しました。

しかし、世の常なのか…。

大きな目標を達成した後は、まるでそれがゴールだったかのように動きがなくなり…。

青年連盟本部としても「これではならじ!」と、少しでも多くの青年層に教祖神の御教え、また神道山に触れていただくべく、様々な計画をたてているものの、なかなか結果を残すことができないのが現状です。

鳥取県・関金中教会所

そんな中おじゃました関金中教会所では、平成7年に次の世代にバトンタッチを!と、副教主様(当時連盟長)をお招きして、青年連盟関金支部再結成

以来、教会所での御祭の手伝いはもちろんのこと、本部での行事にも積極的にご奉仕下さっています。

特に4月の大元・宗忠神社『御神幸(ごしんこう)』には、再結成から欠かさずご奉仕があり、我々本部サイドも非常に助かっています。

本当に有り難いことです。

この度お参りさせていただき感じたことは、所長先生のお人柄です。

やはり、人は魅力的なモノに集まるということです。

青年連盟本部としても、改めて“魅力的”を目指して前進していきます。

塩川所長、またお集まり下さった関金支部の連盟員の皆様方、有り難うございました。

合言葉は立教200年!

追伸

去る15日は、私の上司である藤原徳行大教殿司教喜寿のお誕生日でした。

おめでとうございます!

これからも、私たちをお導き下さい!!

《本日の御教え》
  天地に任せまつりし我が身には あたえ給いしことの嬉しさ(教祖神詠)

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養心塾“ろの講”

養心塾“ろの講”

稲刈りのシーズンです。

神道山の麓の田んぼも、頭を垂らした稲が、秋風にそよぎながら刈られるのを楽しみに待っているように踊っています。

新米の季節ですねぇ!

さて神道山では、養心塾“ろの講”が、12日(金)〜本日まで2泊3日で執り行われました。

“いの講”“知る・気付く”、“ろの講”“理解する・納得する”、“はの講”“実践する・体取する”ことをそれぞれ目的に執り進め教義を学んでいますが、大教殿で日々修行をさせていただく私は、五つの誠の“祈りの誠”についてお話をさせていただいています。

この度の“ろの講”では、特に“ご分心”についてを詳しく学び、“ご分心の御開運の祈り”を共々に実践して講義を終えました。

この“ご分心”について、ちょうど教主様が日拝後のご講話でしっかりとお話下さっていたので、受講生の反応もよく、気持ち良く話すことができました。

講義も終わり、質疑応答の時間にも積極的に手が挙がり有意義な時となったのですが、1つ自分自身も改めて勉強になったことを紹介します。

それは“拍手”についてです。

ある受講生から「神拝作法の拍手は、何か意味があるのですか?」という質問がありました。

何となく、音をたてて拍手を打つことにより、自分の前に神様(教祖宗忠神)が現れて下さる!との曖昧な考えは持っていましたが、いざ質問を受けると、作法としての明確な答えが出来ませんでした。

情けない…。

昨夜自宅に帰り、早速ネット等で“拍手”について調べ、まとめてみました。

拍手とは神様を拝む時、両方の手のひらを打ち合わせて鳴らすことです。

「はくしゅ」または「かしわで」と読みますが、これは「拍」の字が「柏」の字と混同されて用いられたことから生じた呼称とも云われています。

歴史については定かではありませんが、中国の史書「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」に倭人の風習として、貴人に対して手を打ってひざまづいて拝礼をしていたことが記されていることから、当時は人にも拍手をしていたことがわかります。

神道における拍手も同様に、敬う気持ちの表れといってもよいでしょう。

また古文書類を集めた「古事類苑(こじるいえん)」神祇部には、千年前からの神拝作法の定めが掲載されていますが、そこには二拍手、四拍手、八拍手と、2の倍数が基本として載っています。

ことに、この八拍手を「八開手(やつひらで)」といい、これを四度繰り返すのが最上級の拝礼なのだそうです。

合計三十二拍手!伊勢神宮の神官の正式な拝礼は、今もこの古式を守っています。

ちなみに、出雲大社は四拍手です。

なお、色々調べてみた結果、宗教的儀式で手を打つ習慣があるのは日本だけではないかという結果におちつきました。

教祖神直門赤木忠春高弟「有り難やあら嬉しやと拍手を 打度毎に神ぞあらはる」と詠まれました。

また黒住教にあっては、御神前(御霊前)だけではなく、人と人との挨拶の前後にも拍手を打ちます。

これは、教祖神の「人は、天照大御神の分け魂(ご分心)の鎮まる神の子である!」との御教えからくるものであります。

いずれにせよ、心を込め、誠を尽くして拍手を打ちたいものです!

《本日の御教え》
  誠から祈れば神はあらたなり 神の心で神を祈れば(教祖神詠)

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釣りバカ日誌

釣りバカ日誌

昨日お休みをいただき、“釣りバカ日誌18 ハマちゃんスーさん瀬戸の約束”を鑑賞しました。

シリーズ開始から20年、通算20作という節目の本作、ロケ地が地元岡山ということで、黒住教も協力してチケットを購入し、協力させていただきました。

それにしても懐かしい。

初期の頃、ハマちゃんの奥さんが石田えり氏だった頃、釣り好きの父と初めて?2人で映画館に見に行った事を思い出しました。

20作の節目の本作品のテーマは“恩返し”。

釣りバカ日誌

“日本の地中海”と呼ばれる温暖な瀬戸内海を舞台に、ハマちゃん&スーさんのゴールデンコンビが大活躍!

美しい瀬戸内海のリゾート開発をめぐり、相変わらずの大騒動に巻き込まれました。

戦後日本の開発で事業を拡大してきた鈴木建設会長・スーさんの「ご恩返しがしたい」。

スーさん役を20年間おつとめの三國連太郎氏が、この台詞を見事に云い、笑いの中にもシリアスな部分、そして感動のシーンを含む忘れられない作品となりました。

今失われつつある社会的な人間関係を、ハマちゃんとスーさんの関わりの中で、少しだけでも修復できないのかな、いや日本人として大切なことが、この作品には集約されているのではないかと感じます。

地元岡山の美しい自然に包まれ、心が豊かになる作品でした。

有り難うございました!

ちなみに、黒住教の本年度の修行目標は“ご恩返しを”ですよ!!

《本日の御教え》
  日の本に生まれながらに日を知らず 枝葉にともすひをかりてみる
  立ち向こう人の心は鏡なり 己が姿を移してやみん(教祖神詠)

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第58回・黒住教献茶祭

第58回・黒住教献茶祭

本日、爽やかなお日和りをいただき、第58回黒住教献茶祭が神道山境内で執り行われました。

第58回・黒住教献茶祭

黒住教の献茶祭は、表千家流裏千家速水流藪内流武者小路千家のいわゆる五流派のお家元が毎年順番に献茶奉仕をつとめ、御神前にお供え下さるお祭りです。

第58回・黒住教献茶祭

祭典が行われる大教殿には、こちらも持ち回りで岡山に華道の流派を持つ各団体による献花の奉仕をして下さいます。

現在では、上記五流派に加え煎茶の流派も一席持たれての献茶祭となり、ここ神道山は終日着物姿で溢れ、普段とは異なる雰囲気を醸し出していました。

第58回・黒住教献茶祭

昭和25年、教祖神100年大祭
を機に始められた献茶祭。

以来、持ち回りで毎年(平成元年、昭和天皇御崩御のため一度だけ中止)執り行われてきた献茶祭。

第58回・黒住教献茶祭

こうした各流派のお家元による献茶奉仕のお茶会は、全国的に見ても珍しいお茶会なのだそうです。

“神道”“茶道”も同じ“道”です。

“首をかけて走る”と書きます。

そして、道は続いてはじめて“道”となりえると云います。

ここ神道山で、まさに黒住教ならではのご縁で始まった献茶祭が、こうして連綿と続いていることを誇りに思います。

第58回・黒住教献茶祭

なお本年は、藪内流・藪内紹由(やぶのうち じょうゆう)若宗匠の御点前による献茶奉仕、また大教殿教場を華道専敬流の皆様による献花奉仕が色を添えて下さいました。

ご関係の皆様方、誠に有り難うございました。

《本日の御教え》
  いにしえも今も昔もこのごろも 昨日も今日も同じ道なり
  限りなき命の本のあらわれし 道のはじめに人となりぬる
  天地にただ一筋のその道を すぐに行くこそ楽しかりけれ(教祖神詠)

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平和の種

平和の種

この度“世界連邦宣言自治体全国協議会”の企画により、『平和の種という絵本が出版されました。

この協議会の会長は、昔から教主様とごじっ懇である京都府・綾部市長四方八洲男氏で、四方氏は平成15年、“イスラエルとパレスチナの戦争遺児を招く中東和平プロジェクト”を推進し、戦争やテロで肉親を亡くし心に傷をもつ14人の子どもたちを綾部市に招きました。

「こんな素晴らしいプロジェクトを1回だけで終わらせてはいけない!」と、翌16年に教主様は、岡山の自治体に働きかけ“地球平和フォーラム岡山”を遂行、教主様には請われて綾部に引き続き実行委員会顧問をおつとめになられ、イスラエルから5人、パレスチナから5人の高校生(遺児)を岡山に招くことが出来ました。

この会では、まず8月6日の“広島平和記念式典”に参加し、小泉首相(当時)と面談。

小泉首相から「違いを乗り越え、あきらめずに平和を培ってほしい」との激励を受けました。

またその後、地元岡山の高校生や市民との交流を通じて平和への信頼関係が築かれる足掛かりとなり、翌年の徳島県での開催につながっていきました。

絵本『平和の種』は、こうした一連の平和活動の中から出版されたもので、日本を訪れたイスラエルとパレスチナの少女が、日本人の少女とのふれあいを通じて平和を希求し、心を通わせる様子が描かれています。

平和の種

ただ絵がほのぼのとしている分、余計に厳しい現実が心に響き、世界情勢をより考えさせられます。

特に、日本で仲良くなったイスラエルとパレスチナの2人の、テルアビブ空港での別れは、情景が眼に浮かび涙が溢れました。

大人も子どもも、ぜひ1人でも多くの方に読んでいただきたい絵本です。

そして、改めて黒住教の参画する平和活動へのご理解とご協力をお願いいたします。

平和を考える場となりますように!

最後に、絵本の出版に当たりご尽力をされた、上記四方八洲男会長のご挨拶を掲載させていただきます。

   『平和の種』にこめた願い
                                四方八洲男
「世界を一つの国とみなし、戦争や混乱のない平和な地球を作る」これが、私たちが進めている世界連邦運動です。
戦争の犠牲者はいつも子どもたちです。
ユニセフの調査では、5歳になる前に戦争や飢餓で命を落とす子どもが1年間に1,050万人もいるといわれています。
毎年東京に住む人と同じ数の命が消えている計算です。
こんなことを許すことができますか。

一日も早く世界から戦争や貧困をなくしたい。
そのような願いから綾部市では2003年に中東和平プロジェクトを行いました。
イスラエルとパレスチナから戦争やテロで肉親を亡くし心に傷をもつ14人の子どもたちが日本にやってきました。
最初は戸惑いを見せていましたが、1週間一緒に生活する中で心を開き、お互いを理解し、許し合える関係を築いていきました。
「友情」という平和の種がしっかりと植え付けられた瞬間でした。
子どもたちは当時の内閣総理大臣だった小泉純一郎さんとも出会い「絶望は愚か者の結論。希望をもって平和への努力を続けてほしい」と励まされました。

その後、世界連邦宣言自治体全国協議会の総会でこの経験を紹介するとともに、全国協議会として、予算措置も行い加盟自治体に呼びかけ継続することといたしました。
その結果、2004年は岡山市で、2005年は徳島市で、そして2006年には亀岡市で取り組んでいただきました(亀岡市は市をあげて受け入れ準備をしていただきましたが、紛争のためガザ地区から子どもたちが出国できず、亀岡市民中心の平和集会にされました)。
本年は、現地の緊迫した情勢を受けて、中止をしなければなりませんでした。
その代わりとして、絵本を作ろうということになりました。

私たちができることはほんの小さなことです。
しかし、世界中の人が平和を望み行動することで、必ず平和は手に入れることができると信じています。
この本を読んで得た感動を行動に変えてください。
そこから世界平和は実現に向けて動き出します。
皆さんのご理解とご協力をお願い申し上げ出版のごあいさつとします。

《本日の御教え》
  誠ほど世に有り難きものはなし 誠一つで四海兄弟(教祖神詠)

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10月4日

10月4日


昨日10月4日、“鎮守祭”並びに“二世祭”が執り行われました。

鎮守祭(ちんじゅさい)とは、黒住家(大元家)における教祖宗忠様以前の“みたま様”をお祀りするお祭りです。

黒住家はもともと武家で、吉野朝時代には南朝にお仕えしていましたが、南北朝統一のために武家をやめ、やがて備前に移り“三社宮”に神官としてお仕えすることになったと伝えられています。

その後、備前藩主宇喜多直家が岡山城を築城(1573)するに当たり、三社宮は御野郡今村(現岡山市今)に御遷宮(1580)となり、黒住家は御神体のお伴をして中野村(現岡山市上中野)に移住されました。

今村にはすでに“今村八幡宮”があり、三社宮の御遷宮により合殿(あいどの)にお祀りされることとなり、社名も“三社八幡宮”と変わり、さらに後に“今村宮”と改称されました。

そして、黒住家は引き続き代々今村宮の神職としておつとめされることとなったのです。

10月4日

昨日の鎮守祭では、教主公邸に鎮座されている“鎮守様”の御前で大元家家族親族が参拝の中、こうした(上記)黒住家ご先祖のみたま様(教祖神の父君宗繁様、母君つた様まで)の幸をお祈りすることが出来ました。

10月4日

引き続いて二世祭(にせいさい)のため、霊地大元・宗忠神社境内教祖記念館に移動。

このお祭りは、名前の如く教祖神のご子息である二代宗信様正辰祭(せいしんさい/年毎の式年祭)です。

10月4日

二代様が御昇天されたのが旧暦の9月。

当時はまだ宗忠神社が建立されていなかったので、教祖記念館の教祖神の御神体の横にお祀りをされていたので、二代様の正辰祭は今なお教祖記念館で行われています。

二代様の御逸話に、父君である教祖神が御昇天になられた後の次のようなお話があります。

  二代宗信の君のこと

温かいご両親の膝元で、すくすくとご成人になられた二代宗信の君には、門人らの大きな期待にもかかわらず、進んでご講釈の高座に昇ろうとなされませんので、大元家に道の絶えることがあってはと心配したある人が、率直に思いのままを宗信の君に申し上げたところ宗信の君には「ご忠言誠に有り難う。しかし私が講席を勤めないのは決して教務をおろそかに考えているのではない。否むしろ道を重んじ教を尊んでおればこそであって、私は言行一致こそ道の本意と心得ている。口に説いて行ない未だ至らないということでは、神様に対して申し訳がないと思い、ひたすら心身の修養にこれ努めている最中である。言行一致の確信がついてから説教しますよ」とおおせられたので、その人は一言もなく、感服して引きさがったということであります。
その後、宗信の君には初めて高座にのぼり道を説かれましたが、言々至誠より発し句句天言のままを吐露してのそのご講説には、聴く者皆感賞し敬仰しないものはなかったとのことであります。

身の引き締まる思いで、自分自身を振り返り、ただ“反省”のみです。

明日から、いや今からまた一歩ずつ積み重ねてまいりたく存じます。

共々に、平成26年の“立教200年”に向けて歩を進めてまいりましょう!

《本日の御教え》
  いにしえも今も昔もこのごろも 昨日も今日もおなじ道なり
  ここに来て口ばかりにて説く道を 耳ばかりにて聞き給え人(教祖神詠)

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神無月

神無月

平成19年も、残すところ3ヶ月となりました。

10月は、古来“神無月(かんなづき)”と呼ばれています。

全国の八百萬の神々が出雲大社に集まり、諸国に神がいなくなるためというのが語源です。

そのため出雲地方だけは、10月を“神有月”と呼ぶそうです。

さて今月も“ついたち御日拝”から始まりました。

残念ながら、直接にはお日様を目で見て拝むことは出来ませんでしたが、写真のように雲に映る赤い色に心が洗われました。

さて、今月は祝祭月です。

10月21日(日)28日(日)の2回に別けて、黒住教が立教して193年、教祖宗忠神御生誕の地である霊地・大元より“お日の出”をもとめてここ神道山に遷り上がって33年の記念祝祭が執り行われます。

どうぞ、ご家族お揃いでお参り下さい。

《本日の御教え》
  天照らす神の御徳を知る人は 日月と共に生き通しかな(教祖神詠)

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