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2007年8月

チボリ公園

チボリ公園


昨夜は、約6年ぶりに“皆既月食”が観測できる夜でした。

本来、月は太陽光を反射して輝きますが、太陽‐地球‐月の順に一直線に並ぶと、地球が月を照らす太陽光を遮り、月は地球の影に入って暗くなります。

この現象が、皆既月食です。

午後6時52分に始まり、約1時間30分続いたこの月食を、皆様方の地域では見ることが出来ましたか?

私はその時間帯に倉敷にいましたが、厚い雲の切れ間から何度か月食を観測することが出来ました。

まさに、自然の神秘ですね。

昨日は子どもたちの“夏休み”に重なる最後のお休みをいただいたので、一緒に“倉敷・チボリ公園”に行って来ました。

この公園は都市型テーマパークで、JR倉敷駅北口のクラボウ跡地にあり、デンマークのコペンハーゲンにある世界最古のテーマパーク“チボリ公園”と提携して造られました。

1997年7月に開園し、約12ヘクタールの園内には22のアトラクション、14のレストラン、14の土産などの店舗があります。

地方のテーマパークとしては、岡山県や倉敷市、また県内外の企業の補助に支えられ頑張ってきましたが、本年4月、資金面からとうとう本場デンマークとの運営契約を断念し、“チボリ”の名称が使用できるのは、来年12月末までとなりました。

すっかり消沈しているものと訪ねたチボリ公園でしたが…。

なにが!なにが!!

夏休み期間中の“サマーカーニバル”の開催と相まって、予想以上の来園者たち。

さらに薄暗くなるにつれ、何処からともなく現れる人、人、人…。

そうです。

お目当ては“花火”と“ビアガーデン”。

チボリ公園

緑の森に囲まれた絶好のロケーションの中、特設ステージではダンス・ジャグリングを織り交ぜたパフォーマンスショーや参加型ダンスタイムがあり、沢山の子どもたちを喜ばせていました。

チボリ公園

更に、チボリの森が夜の闇に包まれる頃、音楽と花火の競演“サマーナイトファンタジー”が始まりました。

チボリ公園

北欧スタイルの古城をバックに、1千発の花火・レーザービーム・ダンスがミックスされ、そこはまるで夢の世界。

チボリ公園

存分に、楽しい夏の思い出を作ることができ、満喫して帰りました。

経営難で、今後の運営が心配なチボリ公園ですが…。

まだまだ暑いぞ!チボリ公園!!

黒住教教祖宗忠の神様は、常々『限りをつけるな!』と御教え下さっています。

地元民として、また1ファンとして、今後も倉敷チボリ公園を応援していきたいと思います。

皆様も、お近くにお立ち寄りの際、ぜひ来園して下さい。

もちろん、神道山に参拝した後で…。

《本日の御教え》
  あら嬉しかかる嬉しき世と知らで 今までおしき世を送りける
  有り難や心の雲も晴れわたり 浮世の雲はとにもかくにも(教祖神詠)

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祈りの集い

祈りの集い

去る8月25日(土)〜26日(日)と、黒住教第六代黒住宗晴教主様の随行をさせていただき、兵庫県にある2ヵ所の教会所に参拝し“ありがとうございます推進・祈りの集い”の前講のおかげをいただきました。

祈りの集い

初日の土曜日は、兵庫県西脇市に位置する8‐2教区・比延(ひえ)教会所へ、翌日曜日には、同兵庫県豊岡市の神鍋高原に位置する8‐3教区・水口(みのくち)教会所へ参拝。

共に初めてお参りさせていただく教会所で、それぞれの御神前の歴史の重みに感動し、それぞれの地元のお道づれ(信者)の皆さんとの触れ合いにまた感動し、この残暑厳しい夏の大きな思い出となりました。

さて、この“ありがとうございます推進・祈りの皆さん集い”ですが、教主様・副教主様におかれましては昨年春より全国320の教会所へ出向かれ、有り難い集いが開催されています。

この集いは、平成25年に執り行われる“第62回伊勢神宮式年遷宮”“ありがとうございます運動”を通じて教団をあげてご奉賛し、もって翌26年の“黒住教立教二百年大祝祭”を有り難くお迎えいたしましょう!との意義ある集まりです。

なぜ今、黒住教がお伊勢さまにご奉賛するのか…。

江戸時代末期の交通が不便な中、生涯6度ものお伊勢参りをされた黒住教の教祖宗忠の神様

以来、連綿と続く“伊勢神宮”“黒住教”。

祈りの集い

また孝明天皇(明治天皇の御父君)唯一の勅願所とされた、京都の神楽岡・宗忠神社の歴史に見る“皇室”“黒住教”。

さらに天皇魂、大御心にあらわれる“皇室”“伊勢神宮”の関係を分かりやすくお話下さる教主様。

祈りの集い

教主様のお話に、ウンウンと頷きながら聞き入っているお道づれの姿を見、またまた感動してしまいました。

こうした気持ちや、日々の生活の中で嬉しかったこと、楽しかったことを自身の親、ご先祖様、教祖宗忠の神様に『有り難うございます!』と御礼申し上げましょう。

そして、その有り難い心で誠を捧げるのが“ありがとうございます運動”です。

1日10円でも構いません。

毎日毎日続けることに意味があるのです。

まさに“継続は力なり”。

共々に誠を捧げ、来る立教二百年を盛り上げてまいりましょう!

《本日の御教え》
  親の親その親親をたずぬれば 天照らします日の大御神
                                                     (赤木忠春高弟詠)
  日々に朝日に向かい心から 限り無き身と思う嬉しさ(教祖神詠)

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まることヤング・キャンプ

まることヤング・キャンプ

8月18日から20日の二泊三日、“第21回まることヤング・キャンプ”が神道山を中心に行われました。

各地より集まった子どもたちに、我々スタッフ、さらに昨年まで参加してくれた元参加者もスタッフとして合流し、大人数での楽しいキャンプとなりました。

昨年の第20回を記念して、ゴールデンウィークに開催されている小学生を対象とした“まることキッズ・フェスタ”からの橋渡しの意味を込めて、小学5年生以上を対象に行われるようになり、名称も“ヤングのつどい”から“まることヤング・キャンプ”に改められ、年齢層の広がった参加者たちは、お互いを助け合いながら日程を満喫しました。

18日、受付をすました参加者は、大教殿に集合。

御神前奉告式を前に、神拝作法、また翌朝の日拝作法を教わり、気を引き締めました。

また“ボウリング大会”後の夕方には、翌日のキャンプファイアーで行う“だしもの”や、班ごとに調理する“夕食コンテスト”のメニューを教わり考え、その打ち合せと練習に励み、交流を深めました。

翌朝は、雲間に浮かび上がる“お日さま”を拝しての御日拝に参拝。

教主様は朝のご挨拶の中で、生命の大元であるお日さまに感謝すること、最も身近な生命の元としての親に感謝することの大事を説かれました。

その後参加者たちは、自らの心を磨く“みがき清め”をつとめ、真剣な祈りの時を過ごしました。

朝食を終えて、いざ西の軽井沢と名高い“蒜山高原”へと出発。

まることヤング・キャンプ

“蒜山・塩釜キャンプ場”に到着した私たちは、まず日本の名水百選の“塩釜の冷泉”をいただき、続いて夕食に使う食器を竹で作成。

まることヤング・キャンプ

その後、各班ごとにカレーやハンバーグなどの夕食作りがスタートしました。

まることヤング・キャンプ

まることヤング・キャンプ

途中、恵みの雨をいただき、キャンプファイアーが出来るかどうか心配もしましたが、気温が一気に下がるおかげをいただき、涼しい中自分たちで作った夕食を美味しく食べまくり、また賑やかにキャンプファイアーも始まり、真夏の夜空に笑い声と歓声が響き渡りました。

まることヤング・キャンプ

三日目は、木々の間からのお日さまをお迎えしての御日拝から始まり、今年は“大山・フィールドアスレチック”に移動。

まることヤング・キャンプ

雄大の大山の麓を力一杯走り回り、暑い夏を楽しみました。

今年で21回を数えるまることヤング・キャンプ。

参加してくれた子どもたちの心には何が残ったのでしょう。

また、元気に神道山に帰って来てね!

《本日の御教え》
  千早振る神の産み出す生みの子よ 親の心を痛ましむるな(教祖神詠)

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発表会

発表会

昨日はお休みをいただき、バレエの発表会を観賞しに岡山シンフォニーホールにやって来ました。

そうです。

私(勤番)の娘たちが教わっている“コウワバレエ”第13回発表会が行われたのです。

発表会

発表会は3部に別れていて、第1部は“バレエコンサート”、第2部は子供のための創作バレエ“森の小人とゆかいな仲間”、第3部は“コッペリア”“グランドフィナーレ”でした。

夏休みのほとんど毎日を、しかも8月に入っては朝から晩まで練習した成果が出ました。

上の娘は6つの役を、下の娘は3つの役を無事こなし、大盛会のうちに幕は下がりました。

受験のための塾が当たり前になっている世の中にあって、我が子には自分の好きな夢に向かって一歩いっぽ進んでもらいたいです。

バレエの先生をはじめ関係者の方々、またこの発表会を支えて下さった皆さん、本当にお疲れさまでした。

有り難うございました!

《本日の御教え》
  何事も有り難いにて世に住めば むこうものごと有り難いなり
                                   (教祖神詠)

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全国1位

全国1位


『閑かさや岩にしみ入る蝉の声』(松尾芭蕉詠)

相変わらず、暑い日が続きます。

ある芸能人が、「言えば言うほど気になるので、私は暑い!寒い!は言いません!!」って語っていましたが、やはり暑いものは暑い!

黒住教的(プラス思考)に、このうだるような暑さを、快適な、嬉しくなるような暑さとなるよう修行に勤しみたいと思います。

全国1位

さて“中外日報”という新聞をご存知でしょうか?

この新聞は創刊110年の歴史を持ち、日本の宗教(仏教・神道・宗教団体等)の活動報告などが主な記事となり、週に3回発行されています。

我が教団も、大きな行事が執り行われる度に記事として掲載されていますが…。

先月(7月)26日号の中外日報に『黒住教 全国1位に』という見出しのもとに記事が載っていましたので、ここに添付させていただきます。

   

 黒住教、団体全国1位に (中外日報 7月26日号 5面)

第六十二回神宮式年遷宮で昨年から今年にかけて行なわれている「御木曳行事」で、岡山市に本部を置く黒住教(黒住宗晴教主)は、昨年と今年の二回、延べ三千七十六人の「お道づれ」(信者)が一日神領民となり、陸曳きを奉仕した。
その二回を合わせた人数は、奉仕した各団体の中で全国一位となった。

黒住教は、黒住宗忠教祖の天照大御神へのあつい信仰の中から成立した教団。
教祖は生前に六回伊勢神宮に参宮、今日に至るまで伊勢神宮への信仰を大切にしている。

今回の式年遷宮でも積極的に奉賛活動に取り組み、昨年の第一次御木曳行事では五月二十八日に千五百一人が一日神領民となって奉仕した。

黒住教によるかけ声や身ぶりを交えての「御木曳」は、ひときわ盛り上がりを見せて人々の感動を呼び、「第二次御木曳行事の最終日にぜひ黒住教の皆さんにトリを飾ってほしい」との地元奉賛会の要請を受け、六月三日に、さらに千五百七十五人が参加した。

いずれも黒住教主、黒住宗道副教主が中心に立って盛り上げ、三日には黒住教主の孫の宗芳さん(八代、宗道副教主の長男)も参加し、教主親子三代がそろっての奉仕となった。

今月二十九日には宗道副教主や壮年代表が川曳きに奉仕する。

全国1位

有り難いことですね。

全国1位

共に汗を流し、参拝奉仕した皆様の“誠”が届いたのでしょう。

前述の通り、川曳も大きなおかげをいただき、大盛会に終わりました。

私たちは、この一連の感動を忘れることなく、平成25年の“第六十二回伊勢神宮式年遷宮”へのご奉賛、そして翌26年の“黒住教立教二百年大祝祭”に向かって歩を揃えて前進していかなければなりません!

誠心をお忘れなく、今日只今を大切に!!

《本日の御教え》
  有り難たきことのみ思え人はただ 今日の尊き今の心の(教祖神詠)

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花火

花火


相変わらず真夏日が続いています。

皆さん、体調を崩していませんか?

さて昨夜は、台風5号のため延期になっていた岡山の“花火大会”が行われました。

残念ながら我が家は花火大会には行けず、その代わり庭で小規模な花火大会をしました。

花火

東京から帰省中の姉、甥、姪も合流して、ちっちゃなちっちゃな花火大会。

でも、それなりに盛り上がって楽しみました。

ところで、日本人はなぜこんなに花火が好きなんでしょう。

大辞林には、花火…『黒色火薬を松ヤニなどで固めて紙などで包み、点火して燃焼・破裂させ、音・光・炎色・煙などを観賞するもの』とあります。

風情ですね。

光や音はもちろん、煙まで楽しむとは…。

ちなみに日本最古の花火大会は、東京の“隅田川花火大会”といわれています。
1722年の江戸の大飢饉により飢え死にする人が多い中、更に追い討ちをかけるように繁殖したネズミが原因でコレラが流行しました。
飢饉と重なり、その死者は100万人にも達したそうです。

この事態を重くみた幕府は、隅田川で“水神祭”を行い、死者の慰霊と悪病平癒を祈願しました。

その時に上げられた花火が、現在の花火大会のルーツといわれています。

でも個人的には、大きい花火よりも、手持ちの花火の方が好きです。

花火

特に、花火と言えばやっぱり“線香花火”ですよね。

昨夜も皆で輪になり、『小さな火の玉が、いつまでも落ちないで!』と願いながら、心が癒されました。

こうした一家団欒の贅沢な時間を、今後も大切にしていきたいです。

《本日の御教え》
  丸き中に丸き心を持つ人は 限り知られぬ丸き中なり(教祖神詠)

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七夕まつり

七夕まつり

本日、教祖宗忠神の御生誕の地、大元・宗忠神社において、“七夕まつり”が執り行われました。

このまつりは平成16年より始まり、毎年8月6日・7日の両日、午後6時から9時半まで地元地域と一体となり行われています。

七夕まつり

七夕まつりの目玉は、“七夕飾り”。

七夕まつり

東北三大祭りの1つ『仙台七夕まつり』から“お嫁入り”してきた七夕飾り。

七夕飾りは和紙で作られていて、色鮮やかな玉(直径80cm)と吹き流し(約3m)が一体となったモノ。

七夕まつり

大鳥居から拝殿までの参道に5本一組のお飾りが6ヶ所設置されました。

七夕まつり

七夕まつり

七夕まつり

神社を埋め尽くした浴衣姿の家族連れやカップルたちは参拝者は吹き流しの“簾(のれん)”をくぐってお参りし、神社特製の短冊に願い事を書き込み、境内に特設された35本の竹に祈りを込めて結びつけました。

七夕まつり

さらに“教祖記念館”を背にしたイベントステージでは、この七夕まつりのために特別に結成されたミュージシャンたちによる“ジャズの演奏”や、協賛各社による“七夕くじ”の抽選会も行われ、夜遅くまで大きな盛り上がりを見せました。

七夕まつり

織姫の織糸を象徴する吹き流しと色とりどりの笹飾りが夜風にたなびき、ライトアップされた境内はまるで“星の世界”。

七夕まつり

4回目を迎える今年。

1年1年増えてくる参拝者に、恒例となりつつある七夕まつりに嬉しさを感じます。

明日も午後6時から七夕まつりが執り行われます。

夏の日の思い出に、ぜひ家族揃ってお参りを!

《本日の御教え》
  有り難たや我日の本に生まれ来て その日と共に暮らす心は
                                   (教祖神詠)

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葉月

葉月

時の流れは、振り返ると早く感じるものです。

もう8月。

しかも、暦の上では秋。

悔いの残らない平成19年にしたいものです。

さて昨日は“ついたち御日拝”でした。

お日の出時刻は午前5時16分だったので、先月よりは遅くなりましたが、お道づれ(信者)の皆様!起きれましたか?

御日拝は、生命の充電の時です!

特についたち御日拝は、先月の御礼とこの月への感謝を申し上げる大切な時です!

来月こそは参拝しましょう。

昨朝の神道山は、東の空に厚い雲がかかり、両の眼で直接お目にかかることは難しいと思っていましたが、予想に反して雲の奥から神々しい御光でご挨拶して下さいました。

本当に有り難い一時でした。

この感動を、ぜひ皆様と共有したいものです。

葉月

さて、黒住教の機関誌『日新(にっしん)』の巻頭に、第六代黒住宗晴教主様は様々な御教えをお書き下さっています。

最新である8月号の、『“他”のために生きる』と題して掲載されている記事を添付させていただきました。
お互いお心様を養いましょう。

  “他”のために生きる
                                                      教主 黒住宗晴

今日、老人問題は多くの家庭や地域で大きな問題となっていますが、特に認知症の人々といえば施設で介護の人にお世話になることが多く、いわんや人のために何かをするということはないのではないでしょうか。

先日、たまたまつけたテレビで、施設に入所している認知症の人たちが、積極的に自分のことは自分でする、さらには人のために尽くす喜びを体感できるように努めている姿が放映されていました。
ご覧になった方も多かろうと思いますが、この施設は広島県の庄原市にあるもので、介護の人に連れられたお年寄りたちが定期的に街に散歩に出かけ、神社にお参りし、行き交う人々に挨拶して言葉を交わしていて、そこからはお年寄り方がその時々を楽しんでいる様子が伺われました。
さらには、ほうきをもって掃除する人、食堂で料理を作る人など、人からしてもらう立場に止まっていなくて、少しでも他のため人のために役立とうとする日常を大切にしているさまが伝わってきて、胸うたれました。
この施設では、入所者の皆さんの生活をこういう方向に変えてからというもの、皆さんが前と違って生き生きとしてきて体調もよく元気になってきた、口数の少ない人も口を開き出し、人との会話を楽しむようになってきた等、よい結果が報告されていました。

かつて知的障害のある人々を施設から連れて出て、一般の人々と変わりない生活の場を与えるノーマリゼーションが叫ばれ、今はこの世界では当たり前のこととなっているようですが、いくら年をとり、認知症といういわば障害のある身になっていても、人間としての本質は変わらないというまことに尊いことも教えてくれたテレビ番組でした。

それは、昨年九十六歳の長寿を重ねて昇天した私の母の場合も同じでした。
年相応の老化現象は出ていましたが、最晩年までわが家“大元家”の主婦であるという誇り──実際の仕事は私の家内に任せて久しくなっていましたが──これを持ち続けていたことが、それなりに元気でいた元であったと思います。
日々の御神前のおつとめにしましても、個人としてもさることながら、“大元家”という家の意識が、一層おかげをいただく受け皿となっていたように思われます。
玄関などに花を活けるのも大切なつとめ、そして日々、長男の私を送り迎えることはわがつとめといった感がありました。
人間、何が悲しい淋しいといって、することがない、また人に無視されるほど辛いことはないのではないでしょうか。反対に、何でもいい、他のために自分が役立っているということは、その人に大きな生きる力を引き出す元だと思います。

愛の反対は憎しみではなくて無関心だといわれますが、それは同時に、関心を持つことは愛の始まりだということです。
無感動、無気力、無関心の“三無”が指摘されて久しい今の世の中、密度の濃い人間関係が少なくなってはいないでしょうか。

かつて岡山県内のある教会所に、足に重い障害があって一歩歩くにも大変な努力がいるお道教師がいました。
彼から聞いた話が今に忘れられないのですが、こういう身の彼は毎朝夕御神前を背に玄関口に座って、教会所の前を通る通勤通学の人々に手を合わせてその無事を祈るのを日課としていました。
日に二、三百人の人々が忙しく通り過ぎるのですが、何人かが会釈したり中には立ち止まって礼をして行く人もいたようですが、大多数は無関心だったようです。
その人たちの一人でもこちらを向いてくれないかと思ったり、石でも投げてくれた方がましという思いにも駆られたときもあったといいます。
しかし、そういう思いに駆られるのも“未だ己れの至らざる証”と省みながら、朝夕のこのつとめを絶好の修行の場としていたと申していました。
対話は互いに与え合うことだといわれますが、この人はそれを地て行った人で、身体はゆがんでいましたが、心は誰よりもまろやかな穏やかな心で一生を全うされたと、今も思い出すと胸が熱くなります。

教祖神は『人を助けずば神にはなれぬものなり』と御教えになり、『誠はまること』と説かれました。

誠を尽くすとき、そのまごころ、誠意、慈愛の心は大きく転回して自らの心の養いになります。
ひと口でいうならば、身を養うためには栄養をとり、酸素をとり、睡眠までとるというように、取り入れ、戴くばかりです。
しかし、心を養う、心の中の心たるご分心への栄養は、自分を超えた神仏、人々はもとより、あらゆることにこちらから誠を尽くし、捧げ、与え、仕え奉っていくところに、ブーメランのように帰ってくるものです。

与えられて喜ぶ喜びよりも、与えるところにいただく喜びの方が深く大きいものです。
すなわち、喜んでもらう喜びが最高ということです。
人は人に尽くして人となり、人に役立っての人生です。

特に、『人となるの道すなわち神となるの道』たる本教のお道づれは、常に他をおもんぱかり、思いやり、他に誠を尽くすことを喜びとする人でありましょう。
まさに、私たちはお日の出を拝んで『人のために祈ろう』とつとめることです。

教団を一人の人間としますと、私たちは今、お伊勢様という“私”を超えた存在に、日々の祈りの中でまごころをお捧げする『伊勢神宮式年遷宮奉賛』につとめています。
去る六月三日、一日神領民としていわゆる“大トリ”のお木曳行事に参拝奉仕できた感激は、お互いに口に言い表せぬほど深く大きいものでした。

それは、教祖神以来の二百年に近いお伊勢様との有形無形のご神縁があるとは申せ、黒住教団という“我”を離れたご存在のお伊勢様に、道の誠、まごころを尽くしたゆえにいただけたまさにご神徳でありました。

こういう姿で歳月を有り難く重ね、平成二十五年の第六十二回伊勢神宮式年遷宮に仕え奉り、もって翌二十六年の本教立教二百年を大きな感動の中で迎えたいと願っています。

《本日の御教え》
  天地の誠の道をおうけなく ふみわけそむる今日にもありや(教祖神詠)

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