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2007年7月

川曳

川曳

本日快晴のお日和りをいただき、“第62回伊勢神宮式年遷宮”における“第二次お木曳行事”の一つ“川曳(かわびき)行事”に、黒住教奉曳団43名が参拝奉仕させていただきました。

午前9時30分、紫のハッピに身を包み五十鈴川右岸の奉曳出発場所に集合した私たちは、この度奉曳の枠をいただいた桜ヶ丘町の皆さんと合流。

お互いに挨拶を交わし、10時30分より川曳最終日である二番車の奉曳を開始しました。

真夏の暑い日射しをいただき、五十鈴川の涼しいこと…。

川曳

最初から最後まで、楽しい川曳となりました。

川曳

途中2回の休憩(昼食を含む)をはさみ、午後2時、いよいよクライマックスを迎えます。

川曳

五十鈴川の両岸、また目前の宇治橋の上のたくさんの参拝者が見守る中、奉曳車陸引き揚げです。

川曳

一度体制を整え、木遣衆の小唄をいただき、『エンヤ!エンヤ!!』の掛け声と共に一気に五十鈴川から内宮御領地へ!

川曳

『エンヤ!エンヤ!!』

川曳

皆の心が一つとなり、無事御神木をお伊勢さまにお届けする事ができ、楽しく有り難く川曳行事を終えることができました。

川曳

いやぁ、本当に楽しい水遊びでした。

川曳

正直、想像以上に大変でした。

川曳

深い所では、首まで浸かって曳く場面もありました。

でも楽しかった!

本当に楽しかったです!

今日の神事を終え、より伊勢神宮への親しみというか畏敬の念が強くなりました。

教祖宗忠の神様が、ご生涯6度も参拝されたお伊勢さま。

私たち黒住教は、第62回伊勢神宮式年遷宮“ありがとうございます運動”を通じてご奉賛につとめてまいります。

お道づれ(信者)の皆様!

ぜひ日々の有り難い誠心(まことごころ)を捧げ、教祖神に“ご恩返し”をしましょう!

この度は川曳に参拝奉仕させていただき、誠に有り難うございました。

心から感謝いたします。

《本日の御教え》
  神風や伊勢とこことは隔つれど 心は宮のうちにこそあれ
  神のます教えの道をもととせば 若きも老いも無きぞ楽しき(教祖神詠)

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伊勢

伊勢

本日は三重県・伊勢からお届けいたします。

昨年5月28日の“第一次お木曳行事”、本年6月3日の“第二次お木曳行事”の興奮冷め止まぬ中、今度は明日7月29日に執り行われる“川曳行事”の参拝奉仕にやって来ました。

そうです。

お木曳には“陸曳(おかびき)”“川曳(かわびき)”があります。

有名なのは伊勢市内を練り歩き外宮(げくう)に曳き入れる陸曳で、昨年今年と私たち黒住教は一日神領民としてご奉仕させていただきました。

明日ご奉仕させていただく川曳は、陸曳同様2年続けて執り行われていますが、陸曳と比べて枠が少なく、最後の年の最終日にやっとご縁をいただき、地元・桜ヶ丘町の皆様とご一緒に曳かさせていただくおかげをいただきました。

黒住教サイドにいただいた枠は40人。

私(勤番)個人といたしまして、昨年今年と2回にわたりお木曳に来ましたが、残念ながらスタッフとしてお手作りしたので、揃いのハッピを着けていない、あの曳綱を持っていない…。

そんなこんなで、この話を聞くやいなや珍しく『行かせて下さい!』と立候補しました。

だって20年に一度ですよ。

と言うことで、結果的に“黒住教奉曳団”、団長の黒住宗道副教主様を先頭に総勢43人。

陸曳と違い川を曳くので、若い教師、お道づれ(信者)を中心に声をかけ、平均年齢34.1歳となりました。

明日、このメンバーで川曳奉仕をさせていただきます。

各地より応援をよろしくお願いします!

伊勢

ちなみに、本日は“神宮徴古館(ちょうこかん)”を拝観しました。

明治42年9月29日に日本最初の私立博物館として創設された、歴史と文化の総合博物館である徴古館。

伊勢

ルネサンス式の建物は、当時の宮廷建築の第一人者である片山東熊氏の設計で、現在は国の登録有形文化財となっています。

伊勢の地を踏み20数回、初めて訪れたこの徴古館では通常の参拝だけでは伺い知ることのできない式年遷宮を始めとする神宮の精神文化、神々に捧げられた美術に触れることができました。

伊勢

また、続いて向かいの“倭姫宮(やまとひめのみや)”に参拝しました。

倭姫宮は皇大神宮(内宮)別宮“倭姫命(やまとひめのみこと)”をお祀りしています。

伊勢

倭姫命は第11代垂仁(すいにん)天皇皇女で、天照大御神様の御神教(みおしえ)を受けて約2,000年前に、五十鈴川の川上、現在の場所に内宮をご創建された神様です。

事前に予習をしていたので、感慨深くまた清々しくお参りさせていただきました。

さて、いよいよ明日は川曳です。

また大きなおかげをいただきます!

有り難うございました!

《本日の御教え》
  日々に朝日に向かい心から 限りなき身と思う嬉しさ(教祖神詠)

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地鎮祭

地鎮祭

先日の7月25日(水)、念願の“新本庁舎”建築に向け、黒住宗道副教主様ご斎主にて“地鎮祭”が執り行われました。

地鎮祭

梅雨明けの日射しの強い午前10時30分、設計の方、施工の方と共に、黒住教サイドは第6代黒住宗晴教主様、宗忠神社黒住忠篤宮司、田中愼壹朗教務総長他当局の先生方が参列され、永年私たち職員並びに参拝者の食事を提供してくれていた茶店を取り壊す“清祓祭”も併せて行われ、感慨深い祭典となりました。

新しい本庁舎は、神道山の顔として玄関口に位置する2階建ての建物で、1階には茶店と婦人会の部屋を、2階には本部事務所を構えます。

今後の予定ですが、新本庁は来年の1月中に竣工、またそれまで鶯鳴館別館1階大広間を仮の茶店として営業します。

地鎮祭

第3期御造営
に計画されてから10数年、“阪神・淡路大震災”“下水道”の問題で延び延びになってきましたが、いよいよ私たちの新本庁が完成します。

秋の“ご遷座記念祝祭”、12月の“冬至大祭”には、その外形をご覧にはなれないかもしれませんが、来年度新しくなった新本庁に、皆さんぜひ足をお運び下さい。

皆さんの本庁舎です!

地鎮祭

   黒住教新本庁地鎮祭祝詞

真金吹く吉備の中心なす岡山は尾上・神道山なる美し場所を斎庭と忌竹差し立て注連縄引廻らし瑞の磐境と斎い奉る 掛巻も綾に畏き天照大御神の大御前 及八百萬神等 教祖宗忠大神の大前 別きても此の土地を領有坐す大地主神の御前に 黒住教副教主黒住宗道 謹み敬い畏み畏みも白さく
八十日日は多に有れども 今日の生日の足日を美し佳日と撰み定めて 黒住教本部新本庁を建設むと 設計を○○建築設計事務所代表取締役○○○○に 施工を○○○○株式会社代表取締役○○○○に事依せ委ね 工事に取り掛かる事と定まりて 此の神道山・茶店の建物を取り壊す事となりて有れば 永年く御蔭被ふり来つる事を謝び報賽の称言意え奉ると共に 茶店を守り来つる屋船二柱の神を元津御座に還り鎮まり坐せと祈み奉り 此の土地をば麻もて祓い真塩もて清め 惟神の御掟の随々に地鎮祭併せて清祓祭厳しく仕え奉るとして 大御前に教主を始め関係われる諸人達が参集い 御酒御饌鰭の広物鏡の餅種々の幣帛を供え奉り拝み奉る状を平けく安らけく聞食し諾い給い 今ゆ往先此の工事には堀廻らす溝の埋るる事なく 磐垣の崩れ落つる事なく 雨降り風吹けども土地窪み溢れ流るる潦水の障りなく 下動み揺り来む地震の災いなく 組み立てる真金黒鉄の弥固らかに揺らぐ事なく 日に異に勤め恪はぐ工事に関係ふる工人達が一つ心に勤め締まりて手の躓足の躓有らしめず 不意き事故に口会う事なく 設計の随々に賢く厳しく美麗しく竣工えしめ給い 永遠に揺るがぬ屋舘と有らしめ給い 夜の守り日の守りに守り恵み幸わい給えと畏み畏みも祈み奉らくと白す

《本日の御教え》
  つきたてる心の柱太ければ 千代も動かぬ家と見えける(教祖神詠)

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大暑

大暑

本日は“大暑(たいしょ)”です。

大暑とは二十四節気の一つで、太陽の黄経が120度で暑さが最も厳しい時のことだそうです。

今日は、昨日の大元・宗忠神社“大祓い夏まつり”の天気とは正反対の、朝からカラッとした快晴の素晴らしいお日和をいただきました。

まさに、昨夜の御祭りで全てが祓い清められた証拠です。

ちなみに、先ほど九州北部から中四国地方で梅雨明けしたとみられるとの発表がありました。

いよいよ本格的な真夏日の到来です。

充分に暑さ対策に備え、元気に楽しくこの夏を乗り越えてまいりましょう!

それにしても暑い!!

《本日の御教え》
  有るものは皆吹きはらえ大空の 無きこそおのがすみかなりけれ
                                                                       (教祖神詠)

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大祓い夏まつり

大祓い夏まつり

本日、教祖宗忠神御生誕の地・大元の宗忠神社において、“大祓い夏まつり”が執り行われました。

大祓い夏まつり

心配された天気もパラパラッと小雨程度のおかげをいただき、岡山の夏の風物詩であるこの御祭りに、罪けがれを祓おうとするお道づれや一般市民県民の参拝者で、境内は夜遅くまで賑わいをみせていました。

大祓いの御祭りは、古来“茅の輪(ちのわ)”“形代(かたしろ)”で、一年の上半期にたまった罪けがれを祓い去り、後半の半年を清々しく過ごそうとする年中行事で、“夏越し(なごし)の祓い”とも呼ばれています。

大祓い夏まつり

神社正面の大鳥居には、毎年岡山市当新田のお道づれのご奉仕により高さ5mの茅の輪が設けられ、沢山の参拝者の目を楽しませていました。

また協賛行事として、“少年柔道大会”“習字展覧会”、さらに去る3月31日の宗忠神社御神幸(ごしんこう)前夜祭で行われた予選会を勝ち抜いた実力者による“カラオケのど自慢決勝大会”が開催され、その素晴らしい歌声に観客は惜しみない拍手を送っていました。

大祓い夏まつり

午後5時からは祭典が厳かに執行され、斎主の黒住忠篤宮司による“大麻(おおぬさ)行事”で、参拝者は罪けがれを祓い清めました。

大祓い夏まつり

子どもたちの夏休みも始まり保護者も大変だと思いますが、次世代を担う子どもたちのためにぜひ楽しい思い出を作ってあげて下さい。

有り難うございました。

《本日の御教え》
  我が心磨く心のある人は 悪事災難払い除けん(教祖神詠)

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昇天

昇天

去る7月17日、島根県のある教会所の名誉所長がご昇天されました。

享年75歳。

まだまだこれからご活躍いただかなければならない若さでのご昇天に、悲しみはより深いものでした。

17日夕方ご遺族から連絡をいただいた私(勤番)は、準備もソコソコに出雲に向かい、早速に故人のご遺体を拝まさせていただきました。

喪主であるご主人にお話しを伺うと、まったく苦しむこともなくごく自然に神上ったご様子。

父(故初代所長)の跡を継ぎ、長年にわたり教祖宗忠神の御教えを幾多のお道づれに取り次いでこられた名誉所長。

ご昇天も見事!の一言につきます。

昇天

18日午後7時30分からの“遷魂通夜祭”には斎主として、また翌19日の“告別式”(教主様ご斎主)には塩水司(えんすいし)・賛者としてご奉仕させていただきました。

教会所での祭典。

ご遺族・ご親族はもとより、沢山のお道づれに囲まれての、一柱の神様としての出発でした。

こうしてお葬儀にご奉仕させていただく度に感じることですが…。

はたして、自分が亡くなった時、誰が泣いてくれるのだろう。

いや、誰か泣いてくれるのだろうか?

ついつい不安になります。

まだまだ修行が足りません。

この度の名誉所長のように、一生懸命お道に生き、誠を尽くせば、こんな悩みなんて考えもしないはずなのに…。

とにかく初心に戻り、一からやり直すつもりで、日々の修行に邁進します!

《本日の御教え》
  限りなき命と知らで世に移る 花もろともに散るぞはかなき
  限りなき命の道を導かん 重ねたまえよよろずよまでも
  限りなき天照る神とわが心 へだてなければ生き通しなり(教祖神詠)

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家祓い

家祓い

厳しい天災が続きます。

台風4号が去ったと思えば、今度は新潟県中越沖マグニチュード6.8地震が発生。

今朝の情報では、死者9人・行方不明者1人・900人以上が負傷したとのことです。

この度の天災でお亡くなりになられた方のご冥福と共に、みたま様の幸をお祈りいたします。

また、少しでも早い復興を遠く岡山より願います。

さて今回の地震で、新潟県内の住宅被害全壊が342棟・半壊を含む一部損壊が363棟と新聞に掲載されていましたが、本来私たちにとって家とは安らぎの場所であるはずです。

避難所にいる10,000人を超える被災者は、口々に「家に帰りたい」といっています。

家祓い

台風の去った15日、新しく信仰を持たれたあるお宅へ出向き、“家祓い(やばらい)”の御祭りを執り行いました。

“御神号(ごしんごう/教主様が御神名をご染筆され、大教殿の御神前でお遷りいただいた御神体)”を奉斎した新しいお社(やしろ)の前で、共々に腹の底から“大祓詞(おおはらえのことば)”を奏上し、大麻(おおぬさ)で各部屋と玄関を祓い、家族全員に玉串を奉奠していただきました。

家庭にあって、手を合わすモノのあるのとないのとでは心に大きな違いがあります。

家が、今まで以上に安らぎの場となることは間違いありません。

あなたの家には、御神前(神棚等)はありますか?

あなたの家には、霊舎(みたまや)・仏壇はありますか?

自分自身はもとより、子どものため、子孫のために、今ちゃんと御神前をお祀りしましょう。

そして、朝夕神様に、ご先祖様に、しっかりと感謝の心を捧げ、手を合わせましょう。

古来、日本人が大切にしてきたこと、当たり前だったことを今一度考え直し、日本人の精神を取り戻しませんか!

日本の未来のために…。

《本日の御教え》
  有り難たや我日の本に生まれきて その日の中に住むと思えば
  つき立てる心の柱太ければ 千代も動かぬ家と見えける(教祖神詠)

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淡路島

祈りの集い

本日7月14日、兵庫県・淡路島の葦原(あしはら)教会所において、第六代黒住宗晴教主様をお迎えし、“ありがとうございます推進・祈りの集い”が執り行われました。

ご承知の通り、日本全国“台風4号”の話題で持ちきり。

運転手兼随行として、教主様のお供をさせていただいた私(勤番)は、昨日より胃がキリキリ。

明日、瀬戸大橋は渡れるのだろうか…。

明日、天候の関係でお参りはあるのだろうか…。

岡山に帰れることができるのだろうか…。

…。

余計なお世話でした。

まるで教主様の葦原教会所参拝を待って下さったように、当初の予定より台風のスピードが遅れてくれたおかげで、先程無事神道山に帰って来ることができました。

いつも常に教祖宗忠神はお守り下さっています。

また大きなおかげをいただきました。

有り難うございました。

それにしても、今日は朝からバタバタでした。

まず、教会所へ向かう道中。

パン!

ガタッ!ガガガガガッ!

パンクです。

トホホ…。

雨の中、タイヤ交換かぁ。

いや待てよ。

この先にガソリンスタンドがある。

祈りの集い

助かりました。

ハザードをたいて、教主様をお乗せしたまま、ガタゴトガタゴト。

おかげさまで、びしょ濡れにならずに事無きをえました。

しかし、ふと時計を見ると…。

ちっ、遅刻だぁ!

でもスペアタイヤだし。

結局、午前9時30分に教会所到着予定が9時45分となり、10時祭典開始は譲れないと、打ち合わせも無しに急いで白衣に…。

いま振り返っても心臓がバグバグするほどパニック状態でした。

しかし、本当に守られているなぁと感じます。

祭典も無事終わりましたし、その他何もかもがトントン拍子に有り難く執り収めることができました。

また、「スペアタイヤでは台風の中帰るのは大変だろう」と、お道づれの1人が祭典中にタイヤ屋に自動車を持って行って、新品に交換してくれました。

もう感謝!感謝!!です。

祈りの集い

そのおかげで、時速50キロ規制の中、鳴門大橋、瀬戸大橋を経由して、無事岡山に帰って来ることができました。

教祖宗忠神は必ずいますよ!

祈りの集い

ということで、昨年春より、教主様・副教主様におかれましては全国320の教会所へ出向かれ、本日同様に“ありがとうございます推進・祈りの集い”が開催されています。

この集いは、今現在教団をあげて取り組んでいる“ありがとうございます運動”を通じて“第62回伊勢神宮式年遷宮”にご奉賛してまいりましょう!ということをご理解いただき、共に誠を尽くしていきましょうとの集まりです。

どんなことでも良いです。

日々の生活の中、ちょっとでも嬉しかったこと、楽しかったこと、感動したことがあれば、自身の親、ご先祖様に「有り難う!」と感謝しましょう。

そしてその有り難い心で、教祖宗忠の神様に御礼申し上げましょう。

これが“ありがとうございます運動”です。

共々に誠を捧げ、来たる平成26年の“黒住教立教二百年”を盛り上げてまいりましょう!

本日は、こうした天候にもかかわらず、沢山のご参拝誠に有り難うございました。

日本国誕生の最初の地・淡路島に立ち、心新たに一歩前進する事ができました。。

有り難うございました!

《本日の御教え》
  親の親その親親をたずぬれば 天照らします日の大御神
                               (赤木忠春高弟詠)
  大やまと小じまこじまと替れども そのみなかみはあわじしまやま
                                   (教祖神詠)

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物故者慰霊祭

物故者慰霊祭

先日、岡山に本社を置くある企業の“物故者(ぶっこしゃ)慰霊祭”が、大教殿の祖霊殿で執り行われました。

物故者慰霊祭

明治16年に看板を掲げて110余年。
水飴屋としてスタートしたこの会社は、“他社が手掛けていない困難なことに挑戦しよう”というチャレンジ精神で、世界を股に掛けるグローバルな優良企業と成長しました。
当会社の先代社長と、黒住教の先代、五代宗和教主様が公私共に親しく、また現在の社長と現宗晴教主様も深い交友があるため、昭和の時代に、この会社の“慰霊碑”が建立され、会社の創設日に当たる毎年7月10日に、物故者慰霊祭が執行されることとなったのです。
ちなみに、“物故者”とは昇天された人ということですが、この会社ではお亡くなりになられた会社グループの社員、また退職された元社員の“みたま様”を、この御祭りにおいて慰め、慰霊碑に合わせ鎮め、永遠にお祀りをするのです。

すごいことだとは思いませんか!

戦後60年が過ぎ、“愛国精神”はもとより近年は“愛社精神”という言葉さえ聞くことがなくなりました。
いわゆる“自己中心”の世の中にあって、こうした会社は稀だと思います。
また、こういう会社だからこそ、今もなお成長を続けていけているんだと、素直に感じます。

物故者慰霊祭

ちなみに、毎年の物故者慰霊祭には、会社グループの各社長を始め幹部の皆さんが多数お参りをされます。
また週に一度、交代で会社の社員たちが慰霊碑の清掃にやって来ます。

“21世紀は心の時代”といわれ、もう数年経過しましたが、いま、このような世の中だからこそ、こうした会社の精神が必要なのです。

“美しい日本”。

次の世代、また次の次の世代のため、私たちで美しい日本を取り戻しませんか!

今できること、身近なことから一歩いっぽ前進していきましょう。

《本日の御教え》
  姿無き心一つを養うは 賢き人の修行なるらん(教祖神詠)

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四代様

四代様

本日7月8日、黒住教第四代宗子(むねやす)様正辰祭(せいしんさい/ご昇天日に執り行われる霊祭)が執行されました。

明治9年11月28日三代宗篤様・真寿様のご長男として産声を上げられた四代様。
明治22年9月27日、父君の三代様がご昇天となり神上られた時、後継宗子様はまだ数え年の14歳でした。
そうです。
弱冠14歳の身の上に、黒住家はもとより黒住教団の期待が大きくのしかかったのです。
一時期、管長職(現在の教主)を叔父の宗敬様(三代様の弟君)に預け、備前・閑谷黌(しずたにこう)西微山(にしびざん)先生の下で学ばれ、続いて北白川家の学問所で勉学に励まれました。
無事学問所を終え、管長職を継がれるために岡山に帰ってこられた時、駅前には岡山の街始まって以来といわれるほど人力車が並び、その車が大元まで続いたそうです。
とにもかくにも22歳管長に就任された四代様は、明治・大正を経て昭和6年まで、35年の長きにわたり教団をお導き下さいました。
この間、大教殿(現在、霊地・大元宗忠神社境内の旧大教殿)の建設教書(黒住教の教典・バイブル)の編纂教師養成所(現黒住教学院)の設立教議会の開設教規教則の大改正など、多方面にわたり教団の近代化という大方針に基づき、現在の黒住教の基礎を確立されました。

四代様

中でも教書の編纂は、前後11年にわたる大事業で、その苦心、尽力は決して忘れてはなりません。

またご在世中の大正3年、“黒住教立教100年”という大きな節目を迎えた時、3月20日より4月11日まで23日間の長きにわたり、四代様ご斎主のもと毎日祭儀が厳粛に行われました。
ちなみに、この間大教殿(旧の大教殿)で合計472座の有り難い説教(講話)がつとめられたそうです。

また、家庭にあっては二男四女に恵まれ、ご長男で後継の先代、五代宗和様も四代様のもとでスクスクと大きく成長されました。

ご昇天になり神上られて71年。

四代宗子様のご功績がなければ、現在の黒住教はないと言っても過言ではないと思います。

激動の時代、道づれ(信者)の先頭に立ち、お導き下さった四代様。

一柱の神様として、永久に私たちをお守りお導き下さい。

四代宗子様!

有り難うございました。

《本日の御教え》
  神のます教えの道をもととせば 若きも老いも無きぞ楽しき
  神仏おのが心にましますに 他を祈るこそあわれなりけり(教祖神詠)

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奥津城

奥津城

本日は、終日“奥津城(おくつき)”のお清めに明け暮れました。

ここは、神道山の奥津城という場所です。

まず正面には3つ山があり、真ん中の山には“教祖宗忠神”と御令室の“いく女霊神”がお鎮まりになっています。
また向かって右側の山には“黒住家遠祖霊”が、左側の山には“二代宗信命”、“三代宗篤命”、“四代宗子命”、さらに先代の“五代宗和命”、またそれぞれの御令室がお鎮まりになっています。
昨年の5月9日に御昇天された五代様御令室で婦人会名誉会長の“黒住千鶴子命”もこの左側の山にお鎮まりになっています。

奥津城

また、奥津城の左には“道づれ生族の墓”として、お道(黒住教)にご縁のある教師、道づれ(信者)の霊が祀られています。

明日7月8日は、四代宗子(むねやす)様正辰日(せいしんび/御昇天された月日)です。
昭和11年7月8日にお亡くなりになられていますので、今年で71回目の式年祭となります。

という訳で、大教殿職員総動員で終日の奥津城清掃となったことですが…。

奥津城

日々、ちゃんと手を入れておけば何ということもないのですが、目先の神事・行事に追われてなかなか本格的に奥津城に取り掛かることができず、直前の今日、しかも暗くなる午後8時までの作業となりました。

奥津城

全体を見ればそんなに気にならない草も、いざ腰を下ろしてみると、あるはあるは…。

奥津城

また今日は、先日の雨で草が抜けやすく良かったのですが、汗だらけの身体にどんどんと蚊が寄ってくるので、虫除けスプレーは勿論のこと、手首に虫除けバンドを付けての作業となりました。

大教殿の皆さん、遅くまで有り難うございました。

ご苦労様でした!

言うまでもなく、教祖宗忠様は御両親にお喜びいただきたい一心で、“生きながらに神様”となる道を選ばれ、生涯“親孝行”につとめられました。
こうした教祖神の御教えをいただく私たち道づれ一同は、教祖神に習い、ご先祖のみたま様に常日頃より感謝申し上げなければなりません。
そうした意味でも、明日の教祖神直系にあたる四代様の正辰祭(ご命日の祭り)は大きな意義があり、子孫はもとよりお道づれの皆さんも誠を尽くすべき神事なのです。

どうぞご家庭において、自身のご先祖様と共に、四代様にも御礼申し上げましょう。

有り難うございました。


※遅ればせながら、6月3日の“第二次お木曳行事”と、前日の“二見・浜参宮”の写真を掲載しました。
ご家族お揃いでお楽しみ下さい。

《本日の御教え》
  親の親その親親をたずぬれば 天照らします日の大御神
                           (赤木忠春高弟詠)
  限り無き命の道を導かん 重ね給えよ萬代までも(教祖神詠)

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文月

文月

あぁ、時間の流れは早いもので…。

もう平成19年度も半分終わってしまいました。

それにしても昨日から凄い雨でしたね。
全国各地に警報、注意報が出ていましたが、皆さんの地域は大丈夫でしたか?

夏本番を迎える今月も、御教えをしっかりといただき、明るく楽しく健康に過ごしてまいりましょう。

さて、古来7月を“文月(ふみづき)”と言いました。
“七夕(たなばた)”の行事で短冊に文字を書き入れるため“文披月(ふみひらきづき)”、それが短くなって“文月”といわれるようになったという説が強いようです。

それでは“七夕”とは?

もともと五節句(人日・上巳・端午・七夕・重陽)の1つである七夕は、陰暦7月7日の夜、天の川(銀河)の東岸にある牽牛(けんぎゅう)星と、西岸にある織女(しょくじょ)星が、銀河をはさんで年に一度の会合をするという中国の伝説からきています。
また古く日本には、旧暦の7月15日の夜に先祖の霊が戻って家族と過ごし、翌朝天に帰っていくという民間信仰がありました。
この時、村から“棚機女(たなばたつめ)”という女性が選ばれ、先祖の霊に着せるための服を機(はた)で織り、霊が降りてくる場所に棚を作って置いておくという習慣があったといいます。

これが“たなばた”のいわれです。

そして、日本で古くからあった“棚機女”と、中国から伝わった“乞巧奠(きっこうでん)”といわれる織女と牽牛の伝説が結びついて生まれたのが“七夕”という星祭りで、現在では願い事を書いた五色の短冊を笹竹にかけ、織姫と彦星に供える行事となりました。

とにもかくにも上記写真の通り、黒住教の教祖宗忠神御生誕地である大元・宗忠神社では、毎年8月6日・7日“七夕まつり”が開催されています。

東北三大祭りの1つ“仙台七夕まつり”の七夕飾りがお嫁入りしてきたのを機として、仙台と時を同じくして行われるようになり、今年で4回目。

神社特製の短冊に願い事を書いて、境内に林立する約30本の竹の笹に、祈りを込めて結んで下さい。

また“七夕まつり”は、8月6日・7日共に午後6時から9時30分までですが、両日とも午後2時から小・中学生を対象とした“写生大会”も執り行われます。
この時間、国際的美術家で倉敷芸術科学大学教授の高橋秀先生と教え子の若手作家たちが指導もしてくれます。
夏休みの課題の1つとしてどうですか?
ちなみに参加無料で、当日貸し出した新品の“水彩絵具”と“クレパス”を参加賞としてプレゼントしてくれます。
また、グランプリ・準グランプリ・優秀賞には、表彰状と賞品があります。

6日・7日とも応募人数は50人で、先着順です。

詳しくは下記まで!

 岡山市上中野1-3-10
 宗忠神社奉賛会写生大会係
 TEL 086-241-0148

ライトアップされた神社・境内では、織姫の織り糸を象徴する吹き流しと、色とりどりの笹飾りが夜風にたなびいて“星の世界”を創り出しています。

一家団欒、夏の日の思い出作りに、ぜひお参り下さい!

《本日の御教え》
  かしこくも日月の生みたる人なれば 日月の恵みのあるぞ尊とき(教祖神詠)

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